感情のラベルー呪いは愛

週末は仙台に行く予定を台風でキャンセルして自宅の整理。
リビングには受講生の方からのギフトを飾りました。
夏からわたしの受講生のセミナーにいらしてくださった愛美さんが似顔絵を描いてくださいました。

この表情、特に唇を上げる癖や瞳、うまく特徴をとらえている!

愛美さんはわたしのBLOG「呪いも呪う自分も愛そう」にも登場してくださった知性&パワー溢れる女性。

「呪い怒る気持ちでどうにかなりそう!お腹のなかにドロドロしたものが渦巻いているんです~。」
そう声高らかに話していた彼女ですが、描かれるイラストはこんなに優しく明るい。
48歳のわたしをマイナス20歳に描いてくださるお気遣いも感じます(笑)
本当にありがとうございます。

人の感情って言葉のラベル付けが当てにならないことも多いですね。
その分、ライティング、音楽、絵画など創造物にはその人の根本思想がむき出しになる。
明るく振舞っている人が実は暗いのか、さっぱりみせていてもドロッドロに渦巻く闇を抱えているのか、文章や絵は如実に表します。

大好きな♡クリムト。
彼の作品にはエロス・セクシュアリティ・愛が迸ります♡

どんな創作活動にも、人生観は丸写し。

自分の作品に映る自分からは逃げようがない。
だからこそ腹見せできるくらいの自分をつくらないと、女優さんは役というペイントを素の自分というキャンパスに塗れないと聞いたことがあります。
画家も、作家も、そして人生を創るアーティストであるわたしたち各々も同じですね。

人生という作品に、腹のうちや人生観が映し出されているだけ

いただいたイラストの明るさ&優しさから愛美さんはやっぱり大丈夫だと安心しました。「呪う自分がいるんですっ!」と彼女は自分の気持ちに“呪い”とつけているけれど、それは“愛”だと確信しました。

「ムカつく親せきをどうにかしたい!」「分からないアイツを論破したい!」

そんな風に時間をかけて“怒りから熟成された呪い”のスタートは、

「理解しあって幸せに暮らして欲しい。」「幸せな家庭のためにはこれが必要。」という愛。

“お互いの愛や家庭の定義が違う”のに気づかないからこそ、話が行き違っていただけ。

愛の表現の“正しさ”や“常識”という目先の小競り合いだけ拘るから、本質の愛が見えなくなっていただけ。

根源には愛しかない、大丈夫です。

目先の表現の違いに拘る気持ちもわかります。
違うって怖いし、違いを受け入れると今まで“自分にとっての正論”で生きてきた自分が壊れてしまうようで、苦しい。
だからこそ抵抗する。う~っ、ぐ~っ、生真面目に生きてきた方こそ、辛いんですよね。

でもね、これって相手にとっての“正しさ・家庭・幸せ”の意味を理解して世界を広げるチャンスでもある。

今までの貴女の正しさが幸せを創らないなら、バージョンアップするチャンスでもある。

生まれ育った家の正しさを超えて自分の文化や価値観を築くチャンスでもある。

わたし自身も、この春は自分自身の価値観を大元から揺さぶる出逢いがありました。
ものすごい抵抗でしたが、なんとか生きてます(笑)

長年コンプレックスをごまかす武器としてもっていた「論破、白黒思考、駆け引き」を手放したら、少しずつ楽になりました(自転車を乗るのと同じ、初めはやっぱり面白いように転びます 笑)。
我流の正しさを置いたら、丸っと世界が広がり始めました。

ご自分の愛のボトル、ラベルもしっかり”怒り“から”愛“に書き換えて大切にしてくださいね。

アモーレを込めて、MINAKO

怒りが愛に変わるかも?
10月18日には受講生の小室光代さんのセミナーサポートします。

自分を映す今の人生を変えたいならリボーンプログラムにどうぞ。